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こころを満たす瞬間について

あ、えーと、おれです。

インターステラーを見たので今日はその話をしようと思います。

 

昔から夕暮れ時に、静かな住宅街を歩くのが好きなんですけど、これ、文字だけ見たら不審者ですね。

秋の気分が良い時なんかは、仕事帰りにひと駅手前で降りて家まで歩いて帰ったりするんですけど、できるだけ幹線道路から一本内側へ入ったような住宅街を歩く。

窓からもれる灯り、TVの音にまじる談笑の声、晩御飯に出されるであろう焼き魚のにおい、お風呂場の湯気で曇った窓、センサーが反応して不意に灯るガレージの明かりですら満たされた家族の団欒を想像させる。幸福である。

あの気持ちはなんだろう。

それらを眺めるときの感情は羨望とも郷愁とも少し違う、けれども圧倒的に優しい、なにかふわりとした感情だ。

 

同じように最近好きだと思うことに、新幹線の発着がある。

僕の職場は現代的なビルよろしく壁一面をガラス張りにしたような大きく開放的な窓が特徴なのですが、そこから某駅の新幹線の乗り場が見えます。

連休前になると列をなす人だかりが見える。新幹線の真っ黒な屋根も見える。

新幹線に乗り込む人々を眺めるのはなんとも言えぬ幸せな気分です。

新幹線は旅行の象徴です僕にとって。

よそ行きの服、駅弁とお茶が入っているであろう袋、大きなカバン、慣れない光景に興味津々な子供達、順番に新幹線に乗り込む人のこれからの旅路を思うと、得も言われぬ幸福感が心を満たす。

もちろん出張であったり法事であったり、皆が皆喜んで列車に乗るわけでは無いのだろうけれど、それでも、ホームに静かに滑りこみ、清掃待ちでさんざんじらされた後に乗り込んで自分の座席を探し、そのシートに身を沈めた時にはきっと非日常の感覚が待っていて、それは僕が田舎っぺだからかもしれないのだろうけど、長距離を移動する列車、とりわけ新幹線にはそういう幸福感とはまた違うななにかがつきまとっている気がする。

 

家々の明かり。新幹線の発着。

それが幻想であっても、私はそういう幻想を見せてくれる風景が好きだ。

 

あと、インターステラーは映画館で見るべき映画なのである。