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服を売る努力はしてきたけど、人をオシャレにする努力はしてこなかった。

お疲れ様です。

僕です。

 

これ読んだの。

『服装がダサい人の特徴と、唯一の改善策』

だいたいわかるし、なんなら僕が書いたんじゃなかろうか。知らぬ間に。筆の走ってる感がそんな感じ。ぐらいにはこういうこと言いがち。僕は。僕っていうかアパレルの人間やおしゃれファッショニスタどもは。

最大の同意ポイントは、しまむらよりUNIQLOを薦めてるあたりなんですけど、僕がしまむら(の服)よりUNIQLO(の服)の方がいいなぁ、おしゃれだなぁと思う点は、増田が言ってることとほぼ同じで、「余計なことしてない」の一点です。

 

昨今では、売る側の責任てのも問われる時代になってきている様に感じます。

いやなってるね。なってるよー。

ゲーム会社がガチャ課金もりもりのクソゲーを売りつけて、子どもたちが害を被れば、それは「単に課金した方が悪い」だけでは済まない問題ですし、食品にせよ、住宅にせよ、それが「知識」や「情報」みたいな形の無いものだったにせよ、クソを垂れ流している人たちは一定の責務を追う必要があるのではないでしょうか。

服だから、誰も死なないから、クソを売っても良いという考え方がおかしい。

 

UNIQLOの功績は、圧倒的な低価格という切り口から日本人のオシャレを底上げしたことだと思ってます。UNIQLOにもダサい服はいっぱいあるし、なんだよこれ余計なことしやがって!的なデザイン入った服もありますけど、概ね超ベーシック品番の展開比率がしまむらのそれとは全然違うと思います。

そういう意味では無印良品の方が優れているけど、いかんせん高い(割高に感じる)ので、売上比率からいって、国民全体の底上げには至っていないのですが、その分無印良品はインテリアのオシャレの底上げに充分に貢献していると思います。

 

余談ですけど、UNIQLOや無印のジレンマは、ベーシック商品を追求していくあまり、100人いたら100人に合うシルエットを求めすぎて、中庸であり続けることをやめられなくなったこと。

逆に言えば100人いたら100人にだいたいのフィット感しか提供できなくなってしまったことだと思ってます。誰にでもあうけど、誰のためのものでもない服。

オシャレでいたいなら、UNIQLOの服から初めて、増田が言うように、自分の体型に合ったシルエットやディティールの服を探し続けていかなければならない。永遠の探求の旅にでないといけない。帰ってきたら結婚しないといけない。映画化しないといけない。

 

まぁUNIQLOの話はさておき、ひどいデザインを売りつけてきたアパレルに携わる全ての人間(雑誌社や商社含む)は、あいつがダサい、こいつがセンス無い、あーしろこーしろと偉そうに講釈たれる前に、まずは自分たちが売っている服を見直すべきであり、ばあちゃんから貰った1万円のお年玉を握りしめて勝負服を買いに来る高校生や、参観日の娘の顔を思い浮かべながら少しでも若く見られようと頑張る父ちゃん達に自分たちがどういう服を売ってきたか、どういう服を薦めてきたかを見返すべきではないでしょうか。

 

そんで国民の皆様、お客様におかれましては、もっと声を大にして「なんでおれにこんなひどい服を売りつけたんだ」と言っていこうではありませんか。

ダサい服ばっかり売ってるブランドや楽天に入っているような業者には改善を求めていこうではありませんか。

あなたがダサいのは、半分は服屋のせいです。